ちかごろ

最近、感謝って事を良く考えます。

息子の剣道の先生が、「一番大事なことは、感謝のこころ」と、
腕白坊主たちにとっくり言い聞かせ、
厳しくも温かい、尊敬する先生にそう言われれば日々そのことを考える様子。

ご飯をのこしても、
学校に行くのがめんどくさくても、
イライラしていてても、
「感謝のこころを忘れてませんか?」と問いかけると、素直になれるみたい。

そうね。
私も一緒に、よく、そのことを考えて、感謝の気持ちを忘れたくないなと思っています。

そして、やっぱり、人の縁。
自分の宝物は、やっぱり出会い。
友人に、息子に、夫。
出会いは、ご褒美みたいだなぁ。
だから、かわいかった(はずの)少女の頃より、ぴちぴちだった(はずの)若い頃より、
皺が出来ても、たるんできても、昨日より明日の方がきっと良い日だと信じていられる。

自分がこんなふうになるって、考えても見なかったなぁ。

皆と会えたことに感謝。
うれしいな。
[PR]
# by yoru-tobari | 2013-12-24 21:00 | Comments(2)

自由研究

ご無沙汰しております。

夫婦+息子+ハリネズミ共々、こちらは変わらずやっております。皆様もお元気でせうか。



ふと思い出したんですが、夏休みの宿題に自由研究ってありましたよね。


4年生の夏、私は、父親の田舎である北海道に滞在していましたので、
そこにある湿原で、植物採集をすることになりました。


叔母さんが付き添ってくれて採取開始。


叔母さん、今思えばかなりの天然系です。
熊牧場でも私を抱いて 「くまさん、くまさん~~。」と花柄のハンカチを振ったので、
熊全頭、収集がつかない状態になって、怒られたりしました。
私はこの時、
肌がヒリヒリするほどの ”満場からのむきだしの敵意” を肌で感じたので、
歴史モノを読んだりする時とてもリアルです。
叔母さん、ありがとう。



そう、その日も、見渡す限りの原野に、叔母さんはかわいくハイヒールでやってきました。
叔母さんの平常心につられて、その辺の野っ原で草摘んでる気分でいられましたが、
今思えば、丹頂鶴がハトみたいにバンバンいるし、
フツウに熊が出る辺りです。


もちろん、植物もフツウじゃありません。

私たちはのんきに、
「あれ、大きいわよ~。」
「立派ね~。」
と、出来るだけ派手な草を引き抜いて持って帰り、押し花にして保存しながら、図鑑で名前を調べました。


天然って怖いですね。


押し花は全部非常にデカいので、
画用紙一枚につき、一種類。
そ20ページ程のそれをリボンで綴じて完成。


わたしは嬉しくて嬉しくて、何度もページを繰ってはその内容を完全に記憶しました。


そう、今でも覚えています。


最初のページを飾った、派手でかっこいい植物は、トリカブト

群生していてたきれいな葉っぱは、大麻




両親にも見せたし、親戚にも見せたのに、誰もヤバイと思わなかったのか、
無事に先生に提出され、ハナマルもらって返ってきました。


のんきな時代だったのか、天然と無知の勝利か。
さて、どっちでしょう。



夏まっさかりですが、
バテずに満喫したいと思っています。

皆様も、夏を楽しんでくださいませ。


ではまた!
[PR]
# by yoru-tobari | 2012-07-28 14:27 | Comments(1)

おともだち

先日、長野の友人宅の庭でBBQをしていただいたんですが、


「一番良いのはU字溝。」


という納得のレクチャーをしてもらいました。


U字溝の中に炭を入れて、網を乗っけてモノを焼く、 と。


「さんまも丸ごと焼けます☆ キラリ。」 



 と。








わかります。
思慮深いあなたの言う事です。
なんて合理的なのでしょう。



わし、お洒落キャンプにも憧れてたんだけど、
次のキャンプには、絶対U字溝買いに行くと思う。
(ジョイフル本田で600円だったし。)







私が浮かれて「アウトドア アウトドア。」五月蝿いと、夫は言います。

「自然をなめるな。俺たちにとって、
  自然てのは、駆逐するもんだ。」


”ビニールが土に還る” 秘境出身の彼の言う事です。
真実なのでしょう。




今、周りを見渡すと、
小気味いい程のゴーイングマイウェイっぷりで、
自分の道を突き進む人ばかりなことに気がつきます。




自分の道を進んで、自分だけの法則を拾い上げて来た人っていうのは、見ていて気持ちがいい。


すごく深いところから手に入れたモノを、「はい」って渡されたら、
それはやっぱり忘れられない。








育ったところは関係ないと思うのです。

でも、
土の中からでも、コンクリートの中からでも、きちんと真実を拾い上げる人がいます。

綺麗な世界でも、汚い世界でも、自分を保てる人がいます。






どうしてなんだろう。






昔はラピュタを見て、
パズーみたいな男の子なんて、物語のなかの絵空事だと思ってたのに、
今、周りを見れば、みんなパズーの使用後みたいです。
(いろんなタイプの苦労の果ての。)


女の人だって、
パズーもいればシータもいるけど、そういう感じ。






私はそういう人達を見ていると、本当に幸せです。

























私は自分からは何かするほうでは無く、
来てくれた人が、私という洗面器に石を投げてくれるのを待つ方のタイプっぽいです。
その波紋を、その人と一緒に楽しむのも素晴らしいのですが、
私は、洗面器に、その人が映ることが嬉しいのです。



若い頃は、色々悩んだけど、
自分は、周りの人を映す水面以外の何者にもなれないし、ならない事を知りました。

そして、投げ込むだけ投げ込んで、こちらの波紋を見ない人がいることも知りましたし、
映ってる自分を見ようとしない人がいる事も知りました。
ただ、水面があるのが分からないだけだったのだと思いますが。


どちらが良いか悪いかは分かりませんが、
今、波紋を一緒に楽しんでくれる人の為に、
なるべく、この、年期の入ってきた洗面器に、新鮮な水を入れておこうと思うわけです。




今、気付いたんですが、うちのおばあちゃんは、天下一品の洗面器でした。




お母さん業の究極って、もしかして、そういうモノなんでしょうかねぇ。



どうだろう・・。
でも、今の息子には、私がちょくちょく洗面器からザバーと出て、
「車があぶない」
「裸で木登りするな」
「チンコいじるな。」
って言わなきゃ駄目だから、半魚人ぐらいでいようと思います。
[PR]
# by yoru-tobari | 2011-12-01 19:06 | Comments(0)